Roshiの雑文館 ThePen

日々徒然の雑辺です。

新春に残った残った旧聞が

明けましておめでとうございます

酉年から戌年へとバトンが渡り今年はどんな ワンダフル が待っているでしょうか。
昨年は北朝鮮のミサイル問題が後から後から波のように押し寄せました。
北の刈り上げ君はアメリカを世界を恫喝していますが実際の戦争になれば周辺各国に大きな被害が出るでしょうがそれ以上に北朝鮮は国として壊滅、消失するのは想像に難くありません。
少なくとも国家として全く機能しなくなるのは間違いのないところと思えます。

刈り上げ君がどんなに馬鹿だとしても、そして大きな恫喝行動に出たとしても自分も消滅することが分かり切っている戦争に舵を切るとは考えにくいのです。
それでも日本としては万全の備えが必要です。
「話し合えば分かり合える」 は北に対しては楽観的に過ぎるでしょう。

そして長く尾を引いている相撲界の暴力問題。
相撲協会と協会の理事であり部屋の親方でもある貴乃花との確執。
色々な要素が絡み合って複雑化しているようです。

相撲協会の「こんなにやっています」のパフォーマンスと居留守と無言の親方。
どちらも愚直ではなく 愚鈍 を曝け出しているように見えます。
何れにしても双方とも今後の相撲界のことを憂慮するという姿勢はなく「いまそこにある問題を如何に自分有利に運ぶか」に腐心しているようです(憂慮のポーズは見せているが)。
お互いに子供じゃないんだから新年を期にワンダフルな落としどころを見せて欲しいと思います。

鬼たちも笑えぬ来年すぐそこに

きょうから12月、師走です。
「1年は早い /アッと言う間」  などと書いたり言ったりしていましたが本当に今年も残り1ヵ月です。
一昨年も去年も今年も生活に大きな変化があった訳ではありません。
それなのに年ごとに1年の長さが短くなる気分です。
年齢を重ねて人生が長くなっていくのに反比例して1年は短くなっていくようです。
 
朝起きて仕事を始めると長い1日も有れば短い1日も有ります。
その1日が纏まって1週間になると 『今週は長かったなぁ / 今週は短かったなぁ』 などとなります。
そして1週間を纏めた1ヵ月は例外なく 『今月は短かったなぁ』 の思いになります。
12ヵ月が纏まった1年は推して知るべしです。
 
子供の頃や学生の頃、青年期の若い頃の1日は大体において長く感じていたような気がします。
それぞれの時期を過ぎての今、残りの人生で会いたい人に何回会うことができるのでしょうか。
残りの人生であと何回の食事ができるのでしょうか。
若い頃は人に会うにも 『そのうちに』 でしたが今は積極的に会うための調整などをしています。
それでも相手の都合もあるので 『直ぐに会いましょう』 とは中々なりません。
 
そして食事。
これは相手の都合と言うより我が身の胃腸との調整です。
若い頃とは違って少しの無理をすれば食べたいものが食べられる程度の生活はできています。
しかし年齢的に若い頃のようなパクパクモリモリとは行きません。
世間の人が言うように “美味しいもの(好きなもの)を少しずつ” になってきました。
ただ昔と違うのは “好きな物から食べる” になりつつあります。
昔は好きなものは取っておいて最後に食べる、でしたが最近は物騒で何処の誰とも分からない人物から 『誰でもいいから刺してみたかった』 みたいな犯罪が。
自分がその “誰でもいい メンバー ” にならないとも限りません。
そんなときに好きなものを残していては死んでも死に切れませんかからね ・ ・ ・ 。

湯に体沈めてよくぞ日本人

今までは 「きょうは少し寒いなぁ」 という日でもシャワーで済ませて来ました。
風呂上りにシャワーで十分に体を温めておけば火照った体が却って気持ち良いくらいでした。
しかし、そろそろシャワーでは体を十分に温めるのは難しい陽気になって来ました。

そこで日曜日のきょうから湯船に湯を貯めシャワーから “湯船入浴” に切り替えました。
いつもより早い時間の入浴でこの秋初の湯船を楽しみました。
子供の頃や若い時は風呂好きとは言えず 「カラスの行水」でしたがある程度の年齢から「ゆったりと湯船も悪くない」と思うようになりました。

そして湯船には入浴剤。
きょうはオーソドックスに「草津の湯」に浸かりました。
『ふぅーん、これが草津のお湯なんだ』と思いつつ ・ ・ ・ 。
次回は何処の温泉に行こうかな。
有馬、箱根、登別、別府 etc.
何処の温泉でも温泉地の方から来てくれるので樂チンです。
そのうち贅沢に ミックス温泉 にでも入ろうかな。

温厚な心の隅に鬼も棲み

つい数日前からゴミ集積場 (ゴミ置き場) が移動しました。
今までは拙宅の玄関を出て10歩程度の場所に有ったのですがゴミ置き場に面しているお宅のブロック塀を改修することになり1週間程度は少し先の歩いて50歩程度のゴミ置き場に置くことになりました。
そしてブロック塀の改修は終わったのですがゴミ置き場が元に戻ることはありませんでした。
 
ゴミ置き場に面しているお宅が元に戻すのを嫌がり、ゴミを出している近隣の皆さんに相談せず一方的に区役所など行政に働きかけてゴミ置き場の移動を既成事実化してしまったようです。
近隣の皆さんは ・元に戻して欲しい ・移動しても構わない ・どちらでも良い と意見が分かれたそうですが大勢は 「元に戻して欲しい」 の意見が占めたそうです。
そこでその意見を持って町内会の役員さんがブロック塀のお宅に話に行ったのですが烈火のごとく怒り、全く聞く耳を持たなかったとのこと。
日を改めて再度の説得に行っても状況は変わらず。
困ってしまった役員さんが近隣のお宅に新たに移動したゴミ置き場に変更してくれるよう説得、説明をして回り近隣の皆さんは納得し事なきを得ました。
 
トラブルの元は行政側がブロック塀のお宅が申し立てた 『近隣の承諾は得ているのでゴミ置き場の変更を』 という話を鵜呑みにしてしまったことのようです。
町内会の役員さんの意見も近隣住民の意見も聞かずにゴミ置き場が移動する旨の告知 (張り紙) をし、それを見た近隣の人が驚いて騒ぎが持ち上がったようです。
行政が手間を惜しまず近隣住民に確認していれば結果は兎も角として騒ぎにはならなかった筈です。
 
ブロック塀のお宅の前は10年以上に亘りゴミ置き場になっていました。
ブロック塀を改修し綺麗になった所にまたゴミ置き場が戻って来るということに耐え難い思いを持つというのは理解できなくもありません。
理解できなくもないものの 『近隣の承諾は得たのでゴミ置き場の移動を』 という捏造の申し立ては頂けません。
今回の事例は近隣の皆さんの 『事を荒立てなくない』 の思いで変則的ではありますが “一件落着” となりました。
 
新聞やテレビなどでよく ご近所トラブルの事例を紹介していますが我が身の傍で似たようなことが起きたことに吃驚です。
我が身に降りかかった実害と言えば歩いて10歩から50歩程度になったことぐらいなので “実害” と言うほどではないのですがこれまではパジャマのままでササッとゴミが出せたのですが今は取り敢えずパジャマからホームウェアに着替えてのゴミ出しになりました。
それにしても “ご近所トラブル” の種は思った以上に簡単に芽生え、対応を誤ると泥沼化する危険を孕んでいます。
毅然とした態度も大事ですがご近所トラブルに関しては 「まぁまぁ/なぁなぁ」 も必要な智恵なのかと考え込んでいます。

ジタバタとせずに今昔やり過ごし

きょうから11月、霜月です。
チョッと前にクリスマスだ、大晦日だ、お正月だと騒いでいたと思ったら今年ももう11月、早いもので残すところ2ヵ月になってしまいました。
確実に劣化していく我が身には余りの速さに思うように追いつけませんが好むと好まざるとに係わらず月日は過ぎて行くようです。
 
去年も今年もそうそう劇的なことがある訳もなく淡々と進む日々は過ぎゆく月日に追いつけなくてもさほどの支障は感じません。
周回遅れの長距離ランナーのようなもので見た目には先行ランナーも遅れたランナーもそんなに変わりはないように見えています。
それならばあまり無理をせず周回遅れのままノンビリとゴールを目指して行ければなぁと ・ ・ ・ 。
ただ人生のゴールは当方の感慨や思惑とは関係なくゴールの方からやって来ます。
明日がゴールなのか、5~10年後、はたまた20~30年後がゴールなのかは全く分かりません。
分からないからこそ不安であり希望でもあります。
 
取り敢えずは或る程度の生き延びる算段をして日々を過ごすことが当面の課題です
そして直近の目標はマァマァ健やかに新年を迎えることでしょうか。
残り2ヵ月、今の時期なら来年に思いを馳せても鬼に笑われないのではと思います
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